東京地方裁判所 昭和47年(ワ)360号 判決 1975年2月04日
原告 伊沢幸男
同 伊沢わか
右原告ら訴訟代理人弁護士 小山明敏
同 古賀義人
同 岡本博征
右原告ら訴訟復代理人弁護士 大西佑二
同 宮山雅行
被告 丸ヨ食品産業株式会社
右代表者代表取締役 栗原善雄<ほか三名>
右被告ら訴訟代理人弁護士 正田昌孝
主文
一 被告丸ヨ食品産業株式会社、同栗原善雄、同神村三男に対する第一次請求を棄却する。
二 被告丸ヨ食品産業株式会社、同栗原善雄、同神村三男は、各自原告伊沢幸男に対し金二一六万二八四三円、原告伊沢わかに対し金一九二万五八五六円及び右各金員に対する昭和四八年二月八日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
三 原告らの前項の被告らに対するその余の第二次請求を棄却する。
四 原告らの被告中根チヨに対する請求をいずれも棄却する。
五 訴訟費用中、原告らと被告丸ヨ食品産業株式会社、同栗原善雄、同神村三男との間に生じた分は、これを三分し、その一を原告らの、その余を右被告らの負担とし、原告らと被告中根チヨとの間に生じた分は、原告らの負担とする。
六 この判決は、第二項に限り仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告らは、各自原告伊沢幸男に対し金三五一万一四〇五円、原告伊沢わかに対し金三二〇万九七六〇円及び右各金員に対する昭和四八年二月八日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は、被告らの負担とする。
3 仮執行の宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は、原告らの負担とする。
第二当事者の主張
一 請求の原因
1 原告らの身分関係
原告らは、訴外亡伊沢省吾(以下「訴外省吾」という。)の実父母である。
2 事故の発生
(一) 訴外省吾(当時二才)は、昭和四四年一一月一日午前一一時頃、東京都墨田区業平二丁目一六番二号所在スナック喫茶店「ローズ」(以下「本件喫茶店」という。)の前に設置されていた避妊具自動販売機(以下「本件販売機」という。)が前方に倒れたため、その下敷きとなって歩道の敷石に頭を強く打ちつけ、よって頭部打撲、頭蓋骨骨折及び頭腔内損傷の傷害を受けた。
(二) 同人は、右傷害により、同月四日午後零時一五分頃、新宿区信濃町三五番地所在慶応病院において死亡するに至った(以下(一)(二)をあわせて「本件事故」という。)。
3 被告ら相互の関係
(一) 本件販売機は、被告会社の所有にかかり、被告会社がその営業のため前記場所に設置していたものであるところ、被告神村は、被告会社の従業員で、その職務として本件販売機の設置、管理等の業務に携わっていた者である。
(二) また、被告中根は、本件喫茶店の経営者であるが、昭和四四年九月頃、被告会社との間で本件販売機の管理委任契約を締結し、右契約に基づき本件販売機の管理をなし、被告会社より報酬を受けていたものである。
4 被告神村、同中根に対する第一次請求
(一) 本件販売機は、民法七一七条所定の土地の工作物に該当するところ、右販売機には、その設置及び保存に瑕疵があり、右瑕疵により、本件事故が発生した。すなわち、
(1) 本件販売機は、高さ一三五センチメートル、幅六一センチメートル、奥行三五・五センチメートルの縦長のボックス型の形状であるため、安定性に欠け、また重量は約七五キログラムであるから、もしこれが倒れることとなれば大人でも傷害を受けることを免れず、まして幼児の場合には傷害の程度を越え死に至ることが充分に予想されうるものである。
(2) 本件販売機から商品を購入する場合には、その正面に設けられたボタンを手前に引くことによって、商品を受取る方法によるため、機械を固定しておかないと次第に前面に移動することが充分に考えられ、また本件販売機からその商品や売上金を盗取しようとする者や酔払いのいたずら等により、位置をずらされるおそれが充分に考えられるものであり、さらに、本件販売機が設置されている本件喫茶店店舗表の部分の地盤は、コンクリートで覆われているが、同店舗前の歩道に向かって五度の傾斜をもって下降しており、しかも右敷地と右歩道の境にはマンホールがあり、その周囲の歩道との接続部分は砂地となって右歩道との間に三センチメートルの高低差があるため、多少の位置の移動により容易に本件販売機の設置状態が不安定になるおそれがあったものである。
(3) 他方、本件販売機の設置場所は、通称浅草通りと呼ばれる商店街であって、地下鉄押上駅と業平駅の中間にあるため、人通りが多く、幼児子供の行き来も多い場所である。
(4) なお、被告会社は、都内の数か所に他の数台の同種同型の販売機を据付けるにあたっては、土台をコンクリートで固定するとか、あるいは支柱に販売機をチェーンその他針金でくくる等の方法で販売機を固定していた。
(5) しかるに、本件販売機は、本件喫茶店店舗表左側上部に突出して設置されていたルームクーラーの下に、敷地面との間の空間を利用し、右店舗表側壁を背とし販売機の前底右側部分を前記マンホール上に置いた形で右クーラーの下に押込まれ、かつ、前に傾斜するのを防止するため機械の前底部左右に板切れ二枚ずつが敷かれていたのみであって、その底部をコンクリートで固定するとか支柱にチェーンその他でくくりつける等の転倒による人身事故の予防するための設置方法がとられておらず、また、人通りが多く事故の発生しやすい時間に見まわりに来て設置場所のずれを直す等の保存に適切な措置もとられないまま、幼児が触れてもグラグラするような状態で放置されていた結果、本件事故が発生したのである。
(二) 従って、被告神村及び同中根は、本件販売機の占有者として、民法七一七条一項に基づき、原告らに対し、後記損害を賠償すべき義務がある。
5 被告神村、同中根に対する第二次請求
仮に、被告神村及び同中根に、民法七一九条一項に基づく責任がないとしても、同被告らについては、民法七〇九条に基づき過失による不法行為が成立するから、後記損害を賠償すべき義務がある。すなわち、
(1) 4(一)(1)ないし(5)で述べたような本件販売機の種類、形状、大きさ、重量、商品の購入方法、設置地面の状況や設置場所前の道路が幼児を含めて人通りの多い場所であること等から、右販売機の転倒による人身事故発生の危険性があること及び右販売機の頻繁な使用又は窃盗や酔払いのいたずら等によって右販売機の位置がずらされ、その結果として右の危険性が増大するおそれのあることは一般に予見されていたものというべきであるから、被告神村としては、本件のような事故の発生を防止するため、人通りの多くなる時間に右販売機の設置状態の異常の有無を見まわり、更に根本的には、被告会社の他の同種同型の販売機を設置した場合と同様に、土台を固定しもしくは支柱に固定するなどの方法によって転倒を防止すべき注意義務があったというべきである。しかるに、被告神村はこれを怠り、漫然かかる危険性がないものと軽信し、あるいは右危険性を予見しながら、単に本件販売機の前底部左右に板切れ二枚ずつを敷いたのみで、何ら固定する措置をとらず、不安定な状態のまま右販売機を放置し、かつ、人通りの多くなる時間に見まわるといった安全確認行為をなさなかったものであり、同被告にはこの点において過失があるというべきである。
(2) また、被告中根は、本件販売機の設置に立会い、その管理を被告会社より委任されていたのであるから、前記事故発生の危険性を予見し、かつ右事故防止のため、みずから販売機の状況を十分監視するとともに、被告神村をして前記安全措置をとらせるべき注意義務があったというべきである。しかるに被告中根はこれを怠り、右販売機に対し何らの注意をも払わなかったため本件事故が発生したものであり、この点において同被告にも過失がある。
6 被告会社、同栗原に対する第一次、第二次請求
(一) 被告会社は、その従業員である被告神村をして本件販売機の設置、管理等の事業の執行に当らしめたものであり、被告栗原は、被告会社の代表取締役として、被告会社に代わって被告神村による右事業の執行を監督していたものである。
(二) 被告神村の前記不法行為は、右事業の執行につきなされたものであるから、被告神村に対する第一次請求に基づき、そうでないとしても第二次請求に基づき、同被告に不法行為の成立が認められるときは、これに対応し、被告会社は民法七一五条一項により、被告栗原は同条二項により、それぞれ後記損害を賠償すべき責任がある。
7 損害
(一) 逸失利益 三五一万九五二〇円
(原告ら平分相続)
(1) 訴外省吾は、将来成人後、二〇才から六〇才までの間、少なくとも毎月四万円の月収を挙げえたから、これを本件事故発生時の現価で算定するときは、次のとおり三四一万九五二〇円となるが、同人は本件事故により死亡したため、右と同額の利益を失った。
(イ) 死亡時の年令 二才
(ロ) 予定収入 月額四万円
(ハ) 控除されるべき生活費 月額二万円
(ニ) 就労可能年数 二〇才から六〇才までの四〇年
(ホ) ホフマン係数 一四・二四八二六・八五一(就労終期までの五八年のホフマン係数)-一二・六〇三(就労始期までの一八年のホフマン係数)=一四・二四八
(ヘ) 計算式 二〇、〇〇〇×一二×一四・二四八=三、四一九、二五〇円
(2) 原告らは、訴外省吾の死亡により省吾の被告らに対する右損害賠償債権三四一万九五二〇円を一七〇万九七六〇円(各二分の一)ずつ相続した。
(二) 原告幸男につき治療費六万一六四五円
訴外省吾は、本件事故により傷害を受けてから死亡するまでの間、前記慶応病院に入院して治療を受けたので原告幸男は、親権者として右治療費六万一六四五円を支払った。
(三) 原告幸男につき葬儀費用 二四万円
原告幸男は、訴外省吾の死亡に伴い、同人の葬儀関係費用としてつぎの内訳のとおり合計二四万一四六〇円を支払った。
(1) 葬儀代 四万〇二〇〇円
(2) 交通費 一万〇〇〇〇円
(3) 喪服借入代 二八〇〇円
(4) 葬式写真代 八〇〇〇円
(5) 葬儀時食事代 七万九九六〇円
(6) お返し物代 一〇万〇五〇〇円
(四) 原告ら各自につき慰藉料 一五〇万円
原告らは、将来を期待していた一人息子の訴外省吾が本件のような不慮の事故のため苦しんで死亡したことにより著しい精神的苦痛を受けたが、これを金銭をもって償うためには、原告らにおいて各自一五〇万円の支払を受けるのが相当である。
8 結論
よって、原告らは、被告らに対し、第一次請求の原因として民法七一七条、七一五条一、二項に基づき、これが認められないときは、第二次請求の原因として民法七〇九条、七一五条一、二項に基づき、原告幸男は、相続にかかる逸失利益、治療費、葬儀関係費用(但し内金二四万円)、慰藉料の合計三五一万一四〇五円、同わかは、相続にかかる逸失利益と慰藉料の合計三二〇万九七六〇円及び右各金員に対する右各損害発生の後である昭和四八年二月八日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金につきその連帯支払を求める。
二 請求の原因に対する認否
1 請求の原因事実1は認める。
2 同2の(一)は認める。
同2の(二)のうち、訴外省吾が原告ら主張の日時、場所で死亡した事実は認めるが、同2の(一)の傷害と右死亡との間に相当因果関係が存在することは争う。
訴外省吾は、負傷直後、最寄りの墨田区押上一丁目一五番一〇号所在医療法人社団健生堂病院で診察を受けたが、担当医師の診断に誤りがあって、適切な治療が行なわれなかったために、その後入院した慶応病院での治療が手遅れになり、死亡するに至ったものである。従って、本件の傷害と死亡との間には相当因果関係が存在しない。
3(一) 同3の(一)は認める。
(二) 同3の(二)のうち、被告中根が本件喫茶店の経営者であることは認めるが、その余の事実は否認する。
4(一) 同4のうち、本件販売機が民法七一七条の工作物に該当するとの主張は争う。その余の主張事実中、本件販売機の大きさ、形状、重量、商品の購入方法、設置場所及び設置方法に関する事実は認めるが、その余の点は否認する。
(二) 本件喫茶店の店舗表側に設置されていたルームクーラーの底部から地面までには一四〇センチメートルの間隔があったから、右クーラーの下に本件販売機を設置すると、右クーラーと販売機の上面との間隔はわずか三センチメートルを残すにすぎなかった。
従って、仮に悪戯をする者がいて右販売機を前方に引き倒そうとしても、右販売機の上面が右クーラーの底部につかえてしまい、販売機が前方に倒れることはありえなかったから、右販売機の設置、保存に瑕疵はなかった。
また、本件販売機は通常の使用によっては移動することも、転倒することもないものであり、しかも、事故の日の前日午後八時には被告神村が、事故当日午前二時頃には本件喫茶店の従業員が、それぞれ販売機の位置に異常がないことを確かめたにもかかわらず、転倒するに至ったのであるが、事故当時、右販売機が倒れていた場所は、設置場所から約一メートルはなれた歩道上であった。このことから明らかなように、本件販売機は、事故当日、窃取もしくは悪戯等の目的をもった第三者によって右設置場所から移動させられていたのである。しかも、右販売機は、下部に重心を置いて安定性を良くするため、上部を軽くし土台部分が重くなるように作られているから幼児の力では倒れることがない。しかるに、右販売機が転倒したのは、訴外省吾以外の何人かの故意又は過失により倒されたからであって、設置や保存に瑕疵があったためではない。
5 同5は否認する。
本件事故は前記4(二)後段に述べた原因により発生したものであり、被告らにはかかる第三者の異常な行為による事故の発生までをも予見し、これを回避するため予め何らかの措置を講ずべき注意義務はない。
6(一) 同6の(一)のうち、被告栗原が被告会社に代って被告神村による事業の執行を監督していたことは否認するが、その余の事実は認める。本件販売機の設置と管理は専ら従業員の被告神村が担当していたものである。
(二) 同6の(二)の事実は争う。
7 同7はいずれも不知。
三 被告らの過失相殺の主張
訴外省吾の祖母訴外奥泉ハンは、本件事故発生の直前、省吾を本件事故現場まで連れて来て、本件販売機が本件喫茶店表の歩道上に放置されているのを知りながら、そこで同人を遊ばせておいて、本件喫茶店の隣家「ミカサ写真館」こと訴外荒木某方に入り込み、入口の戸を閉めて省吾から完全に目を離したまま、荒木夫婦に対し、自己の属する宗教と選挙関係の後援会への加入の勧誘、説得に夢中になっている時に、本件事故が発生したのである。このようにわずか二才の幼児を公道に放置して目を離していた祖母奥泉の保護者としての過失は重大であり、本件事故の発生については、右被害者側の過失も原因になっているので、かりに被告らに損害賠償責任があるとしても、損害賠償の額を定めるについて右の過失が斟酌されるべきである。
四 過失相殺の主張に対する原告らの答弁
右主張は争う。
第三証拠≪省略≫
理由
一 原告らの身分関係
請求の原因事実1は、当事者間に争いがない。
二 事故の発生
1 請求の原因事実2の(一)及び同(二)のうち、訴外省吾が昭和四四年一一月四日午後零時一五分ごろ新宿区信濃町三五番地所在慶応病院において死亡したことは、いずれも当事者間に争いがない。
2 被告らは、本件事故と死亡の事実との間には相当因果関係がない旨主張するので、まず判断する。
被告らは、訴外省吾が本件事故直後に診察を受けた医療法人社団健生堂病院の医師の判断に誤りがあり、右訴外人に対して適切な治療が行なわれなかったために、慶応病院での治療が手遅れになり、右訴外人は死亡するに至った旨主張するが、≪証拠省略≫によっては未だ右事実を認めるに足りず、その他該事実を認めるに足りる証拠はない。そして、≪証拠省略≫によると、右訴外人は本件事故により生じた頭部打撲、頭蓋骨骨折及び頭腔内損傷の傷害が原因で死亡したことが認められ、かつ、右死亡は本件の如き事故による負傷から通常生ずべき結果であるというべきであるから、本件事故と右死亡とのいわゆる相当因果関係を否定することはできないものといわなければならない。
三 原告らの第一次請求について
1 被告神村、被告会社及び被告栗原の責任
本件販売機が被告会社の所有であり、その営業のため本件場所に設置されたものであること、被告神村が被告会社の従業員として当時本件販売機の設置をし、またその後これを管理していた事実は当事者間に争いがない。そうすると被告神村による本件販売機の設置及び管理は、同被告が被告会社のためその補助者としてなしたものであるにすぎず、本件販売機を占有する者は被告会社自体であって、被告神村はその占有補助者たる地位を有するにとどまり、独立の占有者ではないから、民法七一七条所定の占有者に該当しないものというべく、かかる者は独立して同条所定の責任の主体とはなりえないものと解するのが相当である。してみれば、本件販売機が同条所定の工作物に該当するか否かを問うまでもなく、被告神村並びに同被否に同条所定の責任があることを前提とする被告会社及び被告栗原に対する第一次請求は理由がない。
2 被告中根の責任
被告中根が本件喫茶店の経営者であることは、当事者間に争いがない。
そして、≪証拠省略≫を総合すると、被告中根は、被告会社に依頼されて、本件販売機を本件喫茶店前店舗敷地上に置くことと本件販売機の作動に用いる電気のコードを本件喫茶店内から引くことを承諾したが、右販売機の設置及び品物の出し入れ等その管理はすべて被告会社によって行なわれて被告中根は一切関与せず、故障の際の連絡を引受けるにとどまったこと、被告中根は、右場所を提供した謝礼として、被告会社から右設置後二か月を過ぎた頃、三〇〇〇円を受取ったが、その後は何らの金銭その他の対価を受取っていないことが認められ、この認定を左右するに足りる証拠はない。
右の事実によれば、被告中根は、本件販売機の設置場所を提供したにとどまるのであって、いまだ右販売機に対する占有があったとはいえず、他にその占有を取得したと認めるに足りる証拠はない。したがって、被告中根についてもまた本件販売機が工作物に当るか否かを問うまでもなく、同被告は民法七一七条一項の責任を負わないものというべく、同被告に対する第一次請求も理由がない。
四 原告らの第二次請求について
1 被告神村の責任
(一) 本件販売機が、高さ一三五センチメートル、幅六一センチメートル、奥行三五・五センチメートル、重さ約七五キログラムの縦長のボックス型の形状であること、商品の購入方法が機械前面に設置されたボタンを手前に引くことにより商品を受取るというものであること、本件販売機が本件喫茶店店舗表道路に面した敷地と右喫茶店店舗表側上部に設置されたルームクーラーの間の空間を利用して設置されていたこと、その前底部左右に板切れ二枚ずつが敷かれたが、その土台をコンクリートで固定するとか支柱にチェーンその他でくくりつける等の方法がとられていなかったことは、いずれも当事者間に争いがない。
(二) ≪証拠省略≫によれば、本件販売機を右の如く設置した場合、ルームクーラー底部と販売機の上面との間に、クーラーの前部において約五センチメートル、後部において約三センチメートルの間隔を生ずるが、その状態のままでは、販売機の上部を手前に引いて倒そうとしてもその上面が右クーラーと接触するため、右クーラーが障害となって販売機が前面に転倒することはありえないこと、本件販売機の前底部左右に板切れを当てたままの状態では、右販売機を八センチメートル程度本件喫茶店の建物外壁より離してはじめて、販売機の上部が右クーラーに接触することなく前面へ転倒することが可能になること、本件事故の際、右販売機は、本件喫茶店の建物外壁から六九ないし七二センチメートル離れた場所に倒れたこと、≪証拠省略≫によれば、同被告は、事故の前日午後八時頃右販売機の位置に異常がないことを確認したこと、証人中根敦子の証言によれば、同人が本件事故当日午前二時頃本件喫茶店を閉じた際には、右販売機の位置に異常はみられなかったこと、≪証拠省略≫によれば、右販売機は通常の使用方法では前にずれることのないことがそれぞれ認められるから、右事実を総合するときは、本件販売機は、本件事故当日、事故発生までの間に何人かによって本来の設置場所から歩道寄りに移動させられていたものと推認すべきである。
そして、本件販売機が本件事故当日午前一一時頃転倒したことは前説示のとおりであるところ、被告らは、右販売機は、訴外省吾以外の何者かによって右事故の際転倒させられたものである旨主張するが、該事実を認めるに足りる証拠はなく、かえって、証人奥泉ハンの証言によれば、右のような事実のなかったことを窺うに足りるところ、≪証拠省略≫によれば、本件販売機設置場所の地盤は、コンクリートで覆われているが、歩道に向って五度の傾斜で下がっており、また、前面歩道部分には本件販売機底部にも一部かかる位置に直径四八・五センチメートルのマンホールがあって、右マンホールの回りはコンクリートの歩道敷石がないため砂土で埋めてあり、その部分は約三センチメートルの凹地となっていて地形が平板でないことが認められるから、本件販売機は、右のように移動させられた結果、土地の地形との関係で不安定な状態になっていたところに、訴外省吾がこれに連続的に力を加えたことにより転倒したものと推認するのが相当である。
(三) しかるところ、被告らは、本件販売機は、通常の使用方法によっては移動することも転倒することもないのであり、第三者がこれを故意に移動させた結果転倒するに至ったのであるから、被告神村にはかかる事故を防止するための手段を講ずる注意義務はなかった旨主張する。
しかしながら、同被告の過失の有無を論定するにあたっては、本件販売機による販売商品が避妊用具という特殊なものであることに注目すべきであろう。すなわち、この種のものは、夜間人目につかないところで、酔払いその他の者から好奇の目でみられ、悪戯の対象となって揺り動かされたり、移動させられたりするおそれのあることは通常予想せられるところであるから、これを管理する者は、移動させられた結果、幼児、児童の悪戯その他の外力が加えられることによって転倒するおそれのあることをも顧慮し、ことに本件販売機の設置されていた地盤部分は前認定のような不良の地盤であり、そのため板切二枚を敷いて安定を保っていたというのであるから、かような状態のもとでは、いっそう前記のような悪戯等によって販売機の設置状態が不安定になることのないよう、その土台をコンクリートで固定するとか、鎖を用いて固定するなどの措置をとる注意義務があったものというべきである。現に、≪証拠省略≫によれば、被告会社が東京都内に設置していた他の七台位の同種の販売機については、盗難予防の意味もあるとはいえかような処置がとられていたことが認められる。なお、≪証拠省略≫によれば、右各写真の自動販売機はいずれもその設置にあたりコンクリートで土台を固定する等の方法をとっていないことが認められるが、これらはいずれも清涼飲料水その他の商品の販売を目的とする、今日ではありふれた販売機であって、好奇の目をもってみられる種類のものではなく、またその重量も商品自体の重量と相まって、本件販売機に比べて著しく重いものであるから、これらの販売機が悪戯等によって移動させられた結果転倒事故を起すことは少ないものというべきであり、その設置に関する注意義務を本件の場合と同日に論ずることはできないものというべきである。
2 被告会社及び同栗原の責任
(一) 被告栗原が被告会社の従業員として会社の営業のためにその職務として本件販売機の設置及びその後の管理にあたっていたものであることは、前説示のとおりである。
(二) また、栗原が被告会社の代表取締役であることは、当事者間に争いがなく、≪証拠省略≫を総合すれば、被告栗原は、被告会社の代表取締役として、本件販売機を含む被告会社が都内に設置した前記自動販売機の設置及び管理の担当者である被告神村に対し、自ら、直接その設置及び管理に関する注意事項を指示し、その職務を監督していたことが認められるから、被告栗原は、被告会社に代わって、被告神村による被告会社の事業の執行を監督していたものといわなければならない。
(三) そして、被告神村が本件事故につき過失に基づく不法行為責任を負担すべきものであることは前説示のとおりであるから、被告会社は民法七一五条一項により、被告栗原は同条二項により、それぞれ後記損害を賠償すべき義務があるものというべきである。
3 被告中根について
さきに三2に認定した事実関係によれば、被告中根は、本件販売機の設置場所を提供し、機械の作動のための電力を供給する等の便宜を供与したにとどまるものであるから、本件のような事故の防止するため、みずから右販売機を監視して十全の措置をとり、あるいは被告会社をして右販売機の固定化等の措置をとらせるべき注意義務は、徳義上の点はともかくとして、法律上はいまだ存在しなかったものといわなければならず、他に被告中根をして右注意義務を認めさせるに足りるような的確な証拠はない。従って、同被告は、本件事故につき民法七〇九条の責任をも負わないものというべく、同被告に対する第二次請求もまた理由がない。
五 損害
1 亡省吾につき逸失利益 三四一万九五二〇円
(一) 訴外省吾が本件事故当時二才であったことは、当事者間に争いがないところ、厚生省大臣官房統計調査部作成の第一二回生命表によれば、満二才の男子の平均余命は、六七・三一年であり、≪証拠省略≫によれば、訴外省吾は健康体であったことが認められるから、本件事故がなければ同人はなお六九才位まで生存し、二〇才から六〇才に至るまでの四〇年間は労働に従事してその生活費以上の収入を挙げえたものと認められるが、原告らは、省吾は、成人後右労働によって月額四万円の収入を挙げたものと主張するところ、本件死亡当時及びその後の経済状勢に徴し、通常の成人男子が右程度以上の平均収入を挙げうることは公知の事実であるから、これを是認すべきである。しかるところ、右収入を得るために必要な生活費は右収入の五〇パーセントとみるのが相当であるから、省吾は、月額二万円、年間を通じて、二四万円の純益を得ることができたものと推認すべきである。従って、訴外省吾が死亡によって喪失した得べかりし利益をホフマン式計算方法により年五分の中間利息を控除して算定すると、本件事故発生当時の現価は、原告ら主張のとおりのホフマン係数により、三四一万九五二〇円となることが明らかである。
2 原告伊沢幸男につき治療費六万一六四五円
≪証拠省略≫によれば、訴外省吾は、本件事故により昭和四四年一一月一日から同月四日まで慶応病院に入院し治療を受けたこと、≪証拠省略≫を総合すれば、原告幸男は右治療の費用として六万一六四五円を支払ったことがそれぞれ認められる。
3 原告伊沢幸男につき葬儀費用二〇万円
法律上加害者に賠償を求めうる葬儀費用は、事故と相当因果関係あるものに限られるのであり、ここに「相当」とは、その地域、宗教、社会的地位等に応じ葬儀上必要とする費用をいうが、単に祭壇の費用とか香典返しとかのような葬儀費用の各費目についてのみ判断されるものではなく、結局葬儀全般について考えられなければならない。
しかるところ、≪証拠省略≫によれば、原告幸男は、その主張のとおり、訴外省吾の死亡に伴い同人の葬儀関係費用として二四万一四六〇円を支出したことが認められるが、右省吾の死亡当時における年令とこれに伴う社会的地位を考慮に入れるときは、本件事故当時における損害として相当な葬儀費用は、このうち金二〇万円と見積るのが相当である。
4 原告ら各自につき慰藉料一五〇万円
さきに説示した原告らと訴外省吾との身分関係、本件事故の態様、原告わか本人尋問の結果によれば、省吾は原告らの長男であり、これを失った悲しみは大であったことを窺うに足りること、他面被告栗原本人尋問の結果によれば、本件事故後、被告栗原において見舞金という形で一〇万円を贈り、葬儀には盛花を供えて同被告ほか被告会社の幹部も葬儀に参列して一応の誠意を示していることその他本件に顕われた諸般の事情を考察すれば、原告らが訴外省吾の死亡により被った精神的苦痛を金銭に見積るときは、原告両名についてこれを各一、五〇〇、〇〇〇円とするのが相当と認められる。
5 過失相殺
≪証拠省略≫によれば、訴外奥泉ハンは、原告伊沢たかの実母で訴外省吾の祖母であり、省吾の出生以来同居して、原告わかが勤めに出ている間は省吾の面倒をみて来たものであること、同人は、本件事故発生の直前、省吾を伴い本件現場近くの自宅を出て本件喫茶店の隣の「ミカサ写真館」こと訴外荒木某方店舗前まで来たが、同所で省吾をひとり歩道上に残したまま、右店舗に入り込み、右荒木夫婦を相手に選挙関係の後援会への加入の勧誘をしていたところ、右勧誘の最中に本件事故が発生したこと、証人荒木光子の証言によれば、奥泉は、右店舗内に設けられたカウンターの前で話をしていたため、店舗の構造上、本件喫茶店前の歩道の状況までの見とおしがきかず、省吾に対して目の届かない状況にあったにもかかわらず、荒木夫婦に対し、右加入を繰返し頼んでいたことが認められ(る。)≪証拠判断省略≫
右認定の事実によれば、訴外奥泉は、訴外省吾の同居の親族としてその保護者の立場にあったにもかかわらず、同人から完全に目を離して勧誘に熱中した余り、或る程度の時間、同人をひとり公道に残したままの状態で、放置していたものであるところ、本件事故の態様に照らすと、右奥泉が省吾のそばについているか、その監視を怠ることがなければ、本件事故を防止しえたと推認されるのであって、この事実に省吾がわずか二才のいたずら盛りであったことをも考慮するときは、同女が省吾の監視を怠り、同人から完全に目を離したまま、本件歩道上に漫然放置したことは、重大な過失として、本件損害賠償の算定につき相当程度斟酌されるべきであり、その程度は、前認定のような本件事故の経緯に照らし、原告側の過失を四割と評価すべく、被告中根を除く被告三名に対し、前記損害額中、葬式費用を除く分について、その六割を負担せしめるのが相当である。
6 してみれば、原告らが訴外省吾の実父母であることは前説示のとおりであるから、被告中根を除く被告三名に対し、原告幸男は、子省吾が死亡したことにより同人から相続した二分の一の逸失利益一七〇万九七六〇円並びにみずから出捐した治療費六万一六四五円と慰藉料一五〇万円の合計三二七万一四〇五円の六割にあたる一九六万二八四三円にみずから出捐した葬儀関係費用二〇万円を加えた二一六万二八四三円につき、また原告わかは、前同様省吾から相続した二分の一の逸失利益一七〇万九七六〇円及び慰藉料一五〇万円の合計三二〇万九七六〇円の六割にあたる一九二万五八五六円につき、それぞれ損害賠償債権を有するものと認めるべく、これに対応する右被告三名の支払義務は不真正連帯の関係にあるものと解すべきであるから、被告らは、各自原告らに対し、右各金額及びこれに対する本件不法行為による損害発生の後であることが明らかな昭和四八年二月八日から支払ずみまでの民法所定年五分の割合による遅延損害金を付加して支払う義務がある。
六 以上の次第で、原告らの被告らに対する第一次請求はいずれも理由がないからこれらを棄却すべきであるが、その第二次請求中、被告会社、同栗原、同神村に対する請求は、右の限度でそれぞれ理由があるから認容し、その余は失当として棄却すべく、また、被告中根に対する請求が理由のないことは前示のとおりであるから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条一項を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 吉井直昭)